東京高等裁判所 平成2年(行ケ)219号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第三号証(実用新案登録出願公告公報。別紙図面A参照)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は審決認定(前記審決の理由の要点の1)のとおりであると認められる。
二 登録無効事由<1>について
原告は、「原告は、無効事由<1>として、通気性の良好な編物を以てベルト本体を構成することは甲第五号証(本件訴訟における書証番号。以下、書証番号は本件訴訟における書証番号によつて表示する。)記載の考案に基づいてその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが容易に考案をすることができたものである、と主張したのである。しかるに、審決は、原告の右無効事由<1>の主張を、誤つて「通気性の良好な編物を以てベルト本体を構成したものは甲第五号証に記載がある」との、実用新案法第三条第一項第三号の主張と捉え、これに対する判断をしているのみであつて、原告が主張した無効事由<1>に対する審理判断をしていない」と主張する。
しかしながら、審決は、原告主張の登録無効事由<1>については、前記のとおり、甲第四号証(昭和五〇年実用新案登録出願公開第九五三一八号公報。ちなみに、成立に争いない甲第四号証によれば、右考案は原告代表者の考案に係るものである。)記載の考案は本件考案に係る物品と物品の種類を同じくするが身体胴部の保温性を良くすることを企図するもので本件考案と技術的思想を異にすること、甲第四号証記載の考案のループ・パイル地は甲第六号証(「新版現代衣料事典」)に説明されているようにベルトベツト式フアスナーを止着するため用いられているにすぎないこと、甲第五号証(実用新案登録第一一〇九五号明細書)、甲第七号証(昭和四九年実用新案登録出願公開第五九七二六号公報)及び甲第八号証(昭和五四年実用新案登録出願公告第九五三三号公報)にはそれぞれ身体に装着使用する携帯具(遠足袋、軽装伊達帯、財布)が記載されているが、携帯具本体の構成素材として通気性の良好なものを用いることは記載されていないから、甲第四号証記載の考案に甲第五号証、第七号証及び第八号証記載の技術的事項を併せても到底本件考案に想到できないことを説示した上、「甲第四号証ないし甲第八号証の記載から本件考案を導き出せない以上、かかる五つの証拠に基いて本件考案がきわめて容易に考案をすることができたとの審判請求人の主張は採用できない」と認定判断しているのである。このように、審決は、原告主張の登録無効事由<1>を本件考案は甲第五号証に記載されているとの実用新案法第三条第一項第三号の主張と捉えこれに対する判断をしているのではないから、審決は原告が主張した登録無効事由<1>に対する審理判断をしていないという原告の主張は失当である。
三 登録無効事由<2>について
原告は、審決は審判手続において尋問した証人の証言内容を十分検討しないまま検甲第一号証の二のキヤツシユベルトが本件出願前に公然知られ、公然実施をされたものとは断定できないと認定判断したものであつて誤りである、と主張する。
そこで、成立に争いない甲第一三号証ないし甲第一六号証によつて審判手続において尋問された証人の証言内容を検討するに、まず甲第一三号証(証人平松茂夫の証人調書)によれば、同証人はもと誠縫製を経営しており昭和五八年九月これを法人化したこと、原告代表者のアドバイスによつて昭和五四年暮れに検甲第一号証の二のキヤツシユベルト(注・審判手続において提出されたもの)を試作し、翌五五年二月から三月にかけて約一〇〇〇個を製造し原告に納入したこと、検甲第一号証の二のキヤツシユベルトは伸縮性のある薄い通気性のよい綿の生地を二枚合わせのダブルにし、ポケツト部には防湿のためナイロンタフタを使用したものであること、企業を法人化する際に個人経営時の納品伝票は処分したこと、以上を供述していることが認められる。
甲第一四号証(証人町井義次の証人調書)によれば、同証人はもと原告に勤務していたが昭和四二年一〇月に原告代表者が代表者である株式会社トコーの総支配人になつたこと、昭和五五年一月ころ原告が検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを持つて来たが、従来のキヤツシユベルトとは生地が異なり材質が薄いものであつたこと、同年三月の結婚三〇周年記念の旅行にテストのため検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを持つて行つたところ、着用感がよく汗も掻きにくかつたがまだ蒸れるものであつたこと、同年春ころ原告から検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを仕入れ四月ころまでに有楽町駅前の店舗において約五〇〇個販売したこと、原告との取引の伝票あるいは書類が現在残つているかどうか知らないこと、以上を供述していることが認められる。
甲第一五号証(証人東克彦の証人調書)によれば、同証人は鞄等の卸販売を業とするエース株式会社の仕入担当マネージヤーであつたこと、昭和五五年三月ころの展示会のとき原告から検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを紹介されたが、これは薄い綿布の生地を二枚合わせたものでポケツト部には防湿のためナイロンタフタがついていたこと、しかしながらメツシユを素材とする改良品を開発中とのことだつたので、検甲第一号証の二のキヤツシユベルトは仕入れなかつたこと、以上を供述していることが認められる。
そして、甲第一六号証(証人小林英二の証人調書)によれば、同証人は前記エース株式会社に勤務し製販調整をしていたこと、昭和五五年三月ころ原告から検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを紹介されたこと、しかしながら改良品を開発中とのことだつたので検甲第一号証の二のキヤツシユベルトは仕入れなかつたこと、以上を供述していることが認められる。
これらの証人の証言を総合すれば、誠縫製が昭和五五年二、三月ころ審判手続において提出された検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを約一〇〇〇個製造し原告に納入したこと、株式会社トコーが原告から仕入れた検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを同年四月ころまでに約五〇〇個販売したこと、原告が同年三月ころエース株式会社に対し検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを紹介したこと、及び、検甲第一号証の二のキヤツシユベルトは通気性が良好で伸縮性のある薄い綿布をダブルにしたものであることを認定するに十分である(なお、成立に争いない甲第一一号証が検甲第一号証の二のキヤツシユベルトの写真であることは、被告も明らかに争わないところである。)。
この点について、審決は、証人東克彦及び証人小林英二は検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを紹介されたが扱つていないと証言しているだけであること、証人平松茂夫及び証人町井義次は原告のいわば身内であるうえ原告との密接な取引関係を有する会社の代表的地位にある者であるからその証言は信憑性の薄いものと見ざるを得ないこと、誠縫製や株式会社トコーと原告の取引関係の内容を客観的に明らかにする証拠が何ひとつ提出されていないことを説示している。しかしながら、前記の各証人の供述はいずれも証人らが直接経験した事実を具体的に述べているものであり、各証言の間に矛盾する点も認められないから、審決が説示するような事情のみによつて各証言を全く措信できないとするのは相当でない。
のみならず、本件訴訟における証人猪田純子の証言、原告代表者本人尋問の結果及びこれらにより成立を認め得る甲第一八号証の一ないし三(納品書)、第一九号証の一、二(現金・銀行出納帳 元帳・売上帳)によれば、コンサイス・インターナシヨナル株式会社は代表者を原告と同じくし、原告の商品を小売業者に卸販売することを業務内容とする会社であるが、現在従業員がおらず、原告の従業員がその業務を兼ねていること、原告から株式会社トコーに対するキヤツシユベルトの卸販売もコンサイス・インターナシヨナル株式会社を通じて行われていたこと、甲第一八、一九号各証の帳簿類は経理事務を担当していた猪田純子がコンサイス・インターナシヨナル株式会社の業務として作成したものであつて、平成三年六月ころ原告社屋の倉庫において発見されたこと、これらの帳簿類の品名欄に「キヤツシユベルト
右甲第一八、一九号証の各一、二の記載は、審判手続における証人らの前記各供述内容と何らの矛盾もなく符合するものであつて、右各供述が措信するに足りるものであることは明らかである。
以上の認定事実によれば、誠縫製は原告の注文により昭和五五年二月から三月にかけて検甲第一号証の二のキヤツシユベルトを約一〇〇〇個製造して原告に引渡し、原告は原告商品の卸売販売を業とするコンサイス・インターナシヨナル株式会社を通じて右キヤツシユベルトを株式会社トコーに売渡し、株式会社トコーは同年四月ころまでに有楽町駅前の店舗において約五〇〇個顧客に販売したことが認められるから、検甲第一号証の二のキヤツシユベルトに係る考案は、本件考案の実用新案登録出願前に日本国内において公然知られ、かつ、公然実施をされたものであるというべきである。
四 したがつて、検甲第一号証の二のキヤツシユベルトが本出願前に公然知られ、公然実施をされたものとは断定できないとした審決の認定は、ベルト本体が綿布から成る検甲第一号証の二のキヤツシユベルトに係る考案に基づいて、当業者がきわめて容易にベルト本体が通気性の良好な編布から成る本件考案に想到し得たか否かの判断をしないまま、本件考案の実用新案登録を無効にすることについての審判請求を成り立たないとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法なものとして取消しを免れない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本件考案の要旨は左のとおりである。
通気性の良好な編布から成るベルト本体のほぼ中央に、ベルト本体と一体なほぼ逆台形状の膨出部を設け、このベルト本体を袋状となし、前記膨出部内に貴重品等の挿入、収納用のポケツト部を設け、前記ベルト本体の両側に、相互に係合自在な係止具を設けたことを特徴とする、ベルト状貴重品入れ(別紙図面A参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>